HopiHopi日記

読書日記(書評 ブックレビュー 読書感想文)に雑記少々。本を読んで、いろいろ考えます。

いや、一行も書いちゃいないよ。何も書けやしない。/村上春樹 『風の歌を聞け』

ブログを開設したものの、何を書こうか迷っているうちに1週間が過ぎそうです。
ブログ記事は思いついたことを勢いでサッと書いたほうがいいと思っていたのですが、どうもしっくりきません。自分のライティングスタイルや文体が見つかるまで試行錯誤が必要なようです。早くリズムに乗れると良いのですが・・・。

 

試行錯誤と言えば、作家のデビュー作は試行錯誤の連続に違いないと思い、ブログを書くヒントを探すために、久しぶりに村上春樹さんの『風の歌を聴け』を読んでみました(だいぶ強引な流れですね)。

 

村上春樹さんと言えば、『羊をめぐる冒険』や『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』、『ねじまき鳥クロニクル』など傑作ばかりですが、なぜか僕の再読レコードホルダーは『風の歌を聴け』です。

 

恐らくは文章量が他の作品に比べて少ないことが理由にありますが、それだけではないと思います。これが他の作品と比べて、何が言いたいのかが良く分からないということが、一番の原因ではないかと思うのです。もちろん、作者が何を言いたいのかなんて、ナンセンスだというテクスト論的なご批判は分かります。でも、そういうのともちょっと違うのです。別の言葉で言い換えると、自分の中で作品の総括ができていないということなんです。僕にとって、自分の中に落ち着くべき場所が見つからない小説というのが『風の歌を聴け』であり、その場所を定めるために何度も再読しているんだと思います。でも、何がそんなに腑に落ちないのでしょうか。

 

デビュー作は語る

デビュー作というのは作家の原初的な熱が凝集されていて、最も個性が分かりやすい形を取っているので、初めての作家を読むときはデビュー作がベストであるというのが、僕の持論です。*1 作家だけに限らず、歌手やアーティストと呼ばれている人達を判断するときに、僕はデビュー作で自分との相性を見るようにしています。傑作といわれている作品は、どれも面白く魅力的ですが、技術的に完成されていたり、テーマが普遍化されていたりして、作家のアクが薄まっている、あるいは肌理が整い過ぎてる気がするのです。その点、デビュー作は荒削りでも作家の情熱や想いがダイレクトに伝わってくるので、自分と相性をはかるのに最適です。

 

このへんの感覚は女性の化粧に譬えられるかも知れません。化粧を取ったら意外と好きな顔じゃなかった、なんて言ったら失礼ですけど、化粧前後で雰囲気が変わる女性っていますよね。僕にとって小説は、傑作=フルメイク、デビュー作=すっぴん、という認識なのです。素の状態で好きになれるかどうかが重要だと思うので、デビュー作の印象が良いと、他のどの作品も割りと楽しめます。でも、傑作はそう上手くいかないことがあって、2冊目以降に手が伸びないことも多いのです。

 

語りかけてこないデビュー作

そこで、村上春樹さんの『風の歌を聴け』です。村上さんは最も好きな作家の1人で、僕は自他ともに認めるハルキストなのですが、何度読んでも、彼のデビュー作『風の歌を聴け』はつるつると滑り、小説に触れた実感が得られません。勿論、文体や世界観は素敵です。処女作にして既にThe HARUKI MURAKAMIなのですが、村上春樹その人に「触れた」と思うことは多くありません。なんというか、淡々としていてクールでおしゃれです。でも、なかなか実像が見えてきません。初めてのデートのように、気取っていてよそよそしいのです。

 

そんなわけで、作家・村上春樹の実像に近づこうと、今日も僕は『風の歌を聴け』を手に取ることになります。この作品では作者の姿形は見えるのですが、ガラス扉を隔てているかの様に作家の息遣いや体温を感じることができません。でも、いつの日か扉が空いて、同じ空間で対面できることを祈って、再読し続けるのだと思います。

 

最後に 少しだけ彼に触れることができたと思う箇所を引用して終わります。この作品のクライマックスは、病身の少女からの手紙のエピソードだと思いますが、ここもグッときます。親友の鼠に対して言った、主人公の一言です。

 

「でもね。よく考えてみろよ。条件はみんな同じなんだ。故障した飛行機に乗り合わせたみたいにさ。もちろん運の強いのもいりゃ運の悪いのもいる。タフなのもいりゃ弱いのもいる、金持ちもいりゃ貧乏人もいる。だけどね、人並み外れた強さを持ったやつなんて誰もいないんだ。みんな同じさ。何かを持っているやつはいつか失くすんじゃないかとビク付いてるし、何も持ってないやつは永遠に何も持てないんじゃないかと心配してる。みんな同じさ。だから早くそれに気づいた人間がほんの少しでも強くなろうって努力するべきなんだ。振りをするだけでもいい。そうだろ? 強い人間なんてどこにも居やしない。強い振りのできる人間が居るだけさ。」(p117) 

風の歌を聴け (講談社文庫)

風の歌を聴け (講談社文庫)

 

*1:偉そうに書いていますが、忘れているだけで、きっと誰かの受け売りです