HopiHopi日記

読書日記(書評 ブックレビュー 読書感想文)に雑記少々。本を読んで、いろいろ考えます。

ハードボイルド風ベトナム観光7泊8日(カーチェイスのオプション付き)/垣根涼介 『午前三時のルースター』

最近、デング熱のニュースが日本を騒がせていますね。致死率がそれ程高くないとはいえ、蚊を媒介に広まるところが何となく不気味です。早く収束してくれるといいのですが。

 

そういえば、僕は数年前にベトナム出張から帰ってきた直後に、40度近い高熱に3日間うなされたことがありました。当時は初めての海外出張で疲れが出たのかと思いましたが、今思えば、もしかしたらあれはデング熱だったのかもしれません。真相は闇の中ですが、とりあえず、今年は蚊に刺されないように注意しようと思います。

 

さて、仕事で行ったので、ろくに観光ができなかったベトナムですが、不思議と鮮明な記憶が残っています。街を歩くと、肌に張り付くような湿度と排気ガスまみれの空気にうんざりする僕とは対照的に、現地の人達は陽気でとにかくエネルギッシュです。街全体がポジティブなエネルギーに満ち溢れていて、いつの間にか、こちらまで元気になってきました。経済成長のダイナミックな過程にある国のエネルギーを肌で感じることができる場所です。

 

僕にとって、そんなベトナムを思い出させてくれる小説が、垣根涼介さんの『午前三時のルースター』です。

 

この小説は、旅行代理店に勤務する主人公が、ベトナムへの個人旅行のアテンドを依頼されるところから始まります。得意先の社長からの依頼なので、断ることができず、嫌々ながらも社長の孫・慎一郎に同行してベトナムサイゴンに向かいます。ところが、ベトナム観光というのは表向きの理由で、慎一郎には失踪した父親を探すという秘密のミッションがありました。物語は、やがて何者かがこの捜索を妨害していることが分かり、主人公達は命の危険を感じ始めます。慎一郎は無事父親に再会することができるのでしょうか?

 

垣根さんは車好きのようで*1、自動車の描写が非常に多く、またマニアックです。クールでタフな主人公、キレのいいタイトな文章など男の香りがぷんぷんする物語ですが、このハードボイルドな世界観とサイゴンがよくマッチしています。ハードボイルド小説の多くは都会を舞台としています。都会の街が持つ表と裏の顔のアンバランスさが作品に深みを与えていますが、この小説のサイゴンも同様に2面性のある都市として魅力的に描かれています。

 

垣根さんはプロフィールによると、旅行代理店に勤務した経歴があり、ベトナムにも何度も訪れたことがあるのでしょう。もしかしたら、特別な想いがあるのかもしれません。作中の人物に語らせた次の台詞は、垣根さんの本音が透けて見えるもので、僕も(一度しか訪れていませんが)似たような感想を持ちました。

 

「この国〔ベトナムのこと。引用者註〕に来たとき、空港から出て街を見たとき、何かが違うと感じた。今まで仕事で行った外国-オーストラリア、タイ、コロンビア、スリランカ-そんな国では感じられなかった何かがあった。その違和感の理由をおれは知りたかった。数日間、仕事の合間を縫って、街をぶらぶらと歩いてみた。路上に散乱した生ゴミ、汗の匂い、夜の街を闊歩する売春婦、肉一切れを買うためにドンの札束を差し出す女、叩き折られた共産党時代のスローガン・・・・・・やがて、おれは分かった。この国のすべては、未来も、過去もごちゃ混ぜになっている。新しい世界を作り出そうとしている。・・・後略・・・」(p308~309)

 

そんなわけで、この小説の本来の魅力とは多少異なるレビューになりましたが、僕は『午前三時のルースター』を読むと、ベトナムに行きたくなるのです。「今までの仕事で行った外国」とは「何かが違う」と言わしめるものが、ベトナムの街にはあります。その場所を自分の目で見なければ、空気を肌で感じなければ分からないことがあります。そんな街の持つ空気感を感じることができるこの小説は、物語の結末を知った後でも、別の視点から楽しく再読できます。

 

余談ですが、僕は苦手だった香草がベトナムに行ったことで食べられるようになりました。カメムシみたいな匂いだと嫌っていましたが、現地で食べた香草のおいしかったこと。その辺に生えてる雑草みたいな風情ですが、見た目に反して臭みも無く美味でした。これもその場所に行かなければ分からないことですよね?  

午前三時のルースター (文春文庫)

午前三時のルースター (文春文庫)

 

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午前三時のルースター (文春文庫)

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*1:他の作品を読んでも、垣根さんには間違いなくカーマニアの血が流れていることが分かります。車種や歴史だけでなく、改造にも詳しそうなので、どんな車に乗っているのか気になるところです。